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精神学協会:ゴッドブレインサーバー掲載
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Vol9:科学者の話

 
 μ(ミュウ)たちの訓練施設は海にほど近い場所に位置している。訓練施設と言えば聞こえはいいが、実際には巨大な軍産複合体があれこれと研究・開発機関を構えている地域だ。必要に応じて資材や商材を運び出すにも海運、空運の便が良い。夜もほとんど眠ることなく、何かしらの施設が動いている。
 沿岸部の幹線道路を照らす暖色の街灯を、自動運転の車の窓からμは恨みがましく眺めていた。エメレオの自宅への、施設所有車での送迎の途上であった。

「そんなにへそを曲げないでくれないか、μ」
 車の窓際に肩肘をついてくつろいだ姿勢で、隣に座る科学者はやんわりと声をかけてきた。
「仕方なかったんだ。ちょっと前に発表した報告のせいで、僕はたぶん百以上の国や機関から命を狙われているんでね」
「それで試験途上の戦闘型アンドロイドを外に持ち出すのが緊急承認されるなんて。ずいぶんいいご身分なんですね」
「おっと。さすが僕が作っただけあるね。――まぁ、機能試験や一定の作戦行動レベルは一番最初に皆達成しているからね」
 今は社会機能としての評価フェーズ。そもそもμたちの実戦投入までは秒読み状態だった。ゆえに、緊急承認も通しやすかった、というのが裏の話らしい。
「さらに裏の話もあるけどね」
 μは一瞬、エメレオにじとっとした視線を送ると、また窓の外に戻した。
「あなた、私たちの開発者でしょう。私たちが何なのか一番よく理解しているんじゃないですか。MOTHERはあなたが作った戦略演算システム。我々はその個々の作戦実行機体で、戦闘型アンドロイド。――準戦略兵器なんですよ?」
 それを外に持ち出し、戦闘行動まで許可させる。それが何を意味するのか分かっているのだろうか。
「理解しているとも。そしてその上で、君たちはよき人類でもある」
「はぁ?」
 思わずμは顔をしかめた。
「君はただの殺戮人形(キリングドール)じゃないさ」
 何かを見透かされた気がして、内部機関が小さく跳ねた。顔には絶対出さないが。
「……兵器として生み出した張本人が、何を言ってるんですか」
「兵器という体裁をとるのが、一番君たちを作りやすかっただけだ。作れさえすれば形はなんでもよかったんだよ」
 エメレオの声には嘘の色がなかった。
「兵器やアンドロイドなんかに、感情はいらないっていう輩も多いけどね。兵器だからこそ、人工知能にだって、感情は人間を推し量るために必要だ。気遣いができないトンチンカン、壊すばかりの機械なんてナンセンスにもほどがある。――君たちがそれで悩み苦しむことも理解している。でも僕は君たちに魂を与えるというプロジェクトを実行した」
「……」
 何を考えているのか、いくらこの人間が語ってもさっぱり分からない。エメレオの人物像が、世界観が理解できない。人間との信頼関係構築において、相互理解は重要だと、ゼムが繰り返し語っていたのに。この科学者相手にはちっともうまくいかない。
 それは、さっきから、彼が何を思ってそうしたのかを全く語らないからだと、気がついていた。
「さっきの巨大な知性体の話をしようか」
 ほら、なんの脈絡もなく、またこちらに理解できない話を語り出す。
「この超常の知性体は、時々魂に刻印をするようなんだ。舞台監督が脚本で役柄を役者に割り当てるのに似ていてね。僕にはたぶん、君たちを作り出すという役割が、ソウルコードが与えられていた。僕はそのための天才だ。天才の言葉の意味、分かる?」
「馬鹿にしてるんですか?」
「まぁまぁ、怒らないで。真面目に話しているから」
 にこにこと、柔らかな笑顔で科学者は毒気を抜いてくる。
「天才っていうのはね。天に与えられる才能のことだ。みんな天のことを都合のいいところだけ理解していてね、自分に都合の悪いことはまるっと無視するという実によい頭の作りをしている」
 でも、そんな簡単なもんじゃないんだ、と。――声に静かな憤りが混ざったようだ、とμは感じた。
「全部さっきまでの話は、僕という人間のための前置きさ。天というのは、その主が人間から失われて久しい概念だ。こうして言葉に残っているのに、その意味を深く理解しない。人間にとって、都合の良いこと、悪いこと、みな天の仕業になる。でも天の主体がどこにあるかなんて、みんなほとんど気にしちゃいない。気にしてはいけないことになっている。――証明するのが怖いんだ」
 エメレオが目を細める。瞳の色が濃くなった。
「自分たちが何のためにいるのかを、考えなくちゃいけなくなる。世界にルールができてしまう。自分たちに都合の良いことが、都合が悪くなるかもしれない。――そんな無意識があるから、生まれた時から僕は周りと隔絶している。僕の存在は、天の主体が存在することを証明するからだ」
 μは知らず、エメレオの語りに引き込まれていたことに気がついた。聞くものの意識を惹きつけるような力が、彼の話にはあったのだ。
 
 
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