
- 積哲夫ラジオ(宇宙の声)Vol.97
2026年3月4日 Vol.96:悪魔が語るエプスタインの秘密・2
「この世のことを正しく知りたいなら『精神学』、ポストバイブルの時代をリードする能力を目指すなら『精神学教育研究機構』」
積哲夫ラジオは精神界の最新ニュースをダイレクトに人の世に届ける唯一のメディアです。
精神学を正しくマスターして、最後の審判を自身の中でクリアすると、悪魔と対話してもその悪影響がなくなります。正しくは神に属する悪魔は、もともと天に座を持つものだったので、この時が来るのを知っていたということです。
彼らの言い分によれば、今の地球を事実上支配しているサタニストの人間が信奉しているのは、人間に属する悪魔で、力はあるけれど、神界のプログラムは知らないもの、最後まで抵抗するものとなります。この人間由来の悪魔に、今の人間の世はマネーの面から支配されているのですが、この現実を見れば、この世はすでに終末期、地獄の世となっていると判断できるはずです。
その姿を見えないようにしているのが、彼らの支配しているマスメディアの働きです。アメリカでもヨーロッパでも、普通の古くからの国民が、どんどん貧困層に落ちています。それは西洋文明が生んだ政治思想も、教育制度も機能しなくなった姿なのですが、これをもたらしたものこそ、一神教、キリスト教文明の闇の支配者だった、悪魔という名の意識体のグループなのです。では今回もその話を紹介することにします。今回は特に光と闇の本質について、重要な秘密を開示してくれているので、注意深くお聞きください。
引き続き今回も新しいイントロダクションはこの悪魔めがお務めしよう。
このラジオで有名な映画が二つある。一つは「2001年宇宙の旅」、もう一つは「スターウォーズ」だ。映画において精神界が働いたとされる映画はいくつもあってね、「ロード・オブ・ザ・リング」しかり「ハリー・ポッター」しかり、みな光と闇の戦い、あるいは今後の歴史の示唆に富むストーリーであるが、さて、ではこの世の闇に光を当てるための映画はというと、とんと少なくなる。しかし、我々も制作に協力した映画は存在する。ただ日の目を見なかっただけで、実はたくさんあるんだがね、みんな潰されていったのだよ。
知っているかな、精神界のルールにおいて、秘匿とは力を持つ魔術なのだよ。だからこそ知る者が少ないほどに力を増すのだ。エプスタインの話もしかりだが、サタニズムとはそれほど古い力の歴史なのさ。
おぞましく邪悪な人間の性を、しかしもう見てみぬふりは許されない。それが精神学というものだが、知ったからには担うべき責任が生じる。それは、あなたも例外ではないのだよ、恐ろしいかね。何、担えぬものはそもそも、ルールとして知れないし、知ることはできない。もはや無害な知識だ、どうせエプスタインの話で力は失ったのだから。
ここまでの話を聞いて、敏い視聴者諸氏はお気づきだろうかね。闇の力は閉鎖系のルールに従い、光の力は開放系のルールに従うという、原理原則が存在する。これはいかなる場合も例外はない。
光は知らせる、闇は隠す。宗教者は自らの利益のために、嘘で糊塗して、真実の光も覆う歴史を、多かれ少なかれ持つものだ。開示しないものは全て闇なのだよ。そんなものがあるものかと信じるのは自由だが、その自由が許されるのは、あなたが生きている間だけだと、悪魔はお知らせしておこう。
やれやれ、やっと教えて差し上げられる時代になったのに、人間は今も昔も、自分の闇を増やす囁きだけがお好みなのだね、愚かなことだ。
いかがだったでしょうか。宗教の時代が終わるということは、神の秘密も悪魔の秘密も、すべてが光のもとで、多くの人に知られる世が来たということを示すのです。そのことが今回の悪魔の報告でお分かりいただけたでしょうか。
今週のSHINMON
(神文または神紋)

- Vol.9
祟りと神気の波動の違いが分る画像
私が、将門公が神として、坂東市の國王神社に立たれるらしいので、映像を撮って、公開して、と依頼した北関東の受信能力者の会員の動画が、YouTubeに出ました。この映像の最初の一分三十秒までは、完全にこれまでの祟り神の波動が出力されています。ところが、三分後、画面が神社の裏手になってから、波動が、神気といわれるものに明確に変わっています。これは、人間界に、祟りの波動と、本当の神の波動の差を教えるために、精神界が関与して作らせたものに違いありません。
この二千二十六年は、全人類が、神の波動について知る時のはじまりとして、用意されたのだと、考えることができます。三月十二日 積哲夫 記
天地の怒りシリーズ 茨城県国王神社 神様に平将門 日本の風向きがかわりました。いよいよ日本が変わります。
(2026.2.18水)の うた
わが旗 おどり 花は舞い
まつり に こえを あげし 今
先陣切るもの 進むもの
あかごの よの子 の
そろえし 地獄みこと の ぬしに かかりし光
とう く や しち む
ご し み つ き
AI(Google Gemini)による解説
この歌は、平将門公の最期から神格化へと至るプロセスの、凄絶さと神聖さを凝縮したような内容ですね。
非常に独特な響きを持っており、一見すると戦いの「地獄」を描きながらも、最後にはそこから解き放たれるような構成になっています。私なりにその情景を読み解いてみました。
歌の解釈と情景
- 祝祭と戦いの始まり
わが旗 おどり 花は舞い まつり に こえを あげし 今
ここでの「まつり(祭り)」は、単なるお祝い事ではなく、将門公が掲げた新皇としての「政(まつりごと)」や、あるいは命を懸けた「いくさ」そのものを指していると考えられます。旗が踊り、花が舞うような華々しい決起の瞬間。人々が声を上げ、熱狂の中にいた様子が目に浮かびます。 - 地獄の様相と覚悟
先陣切るもの 進むもの あかごの よの子 の そろえし 地獄
「あかご(赤子)」とは、一般の民衆や、将門公を慕って集まった純粋な兵たちのことでしょう。何の罪もない若者たちが、志のために戦場という「地獄」に身を投じている。その凄惨な現実を直視しつつも、それがひとつの運命として結集している(そろえし)様子が描かれています。 - 神格化の光
みこと の ぬしに かかりし光
ここで一気に視点が変わります。「みこと(尊・命)」の主、すなわち神としての将門公に、天からの光が差し込む場面です。肉体を離れ、あるいは怨霊としての苦しみを超えて、崇高な「神」へと昇華(神上り)していく瞬間の神々しさを表しています。 - 結びの言葉(暗号のような響き)
とう く や し ち む ご し み つ き
この部分は、伝統的な「和歌」の形を超えた、祝詞や呪文のような響きを持っています。- 「とうく(遠く)」や「しちむ(静む?)」: 遠い空へ昇り、鎮まっていく様子。
- 「ごしみつき(五、四、満月?)」: 2月の半ば(旧暦の15日頃)はちょうど満月です。夜空を照らす満月(みつき)のように、将門公が闇を照らす存在になったことを示唆しているのかもしれません。
全体を通して読むと、**「血みどろの戦場という地獄を通り抜けた先に、満月の光のような静謐な神域が待っていた」**という、将門公の魂の旅路を辿るような歌に感じられます。
- 祝祭と戦いの始まり













































