「つまるところ、僕は、僕の存在を、ソウルコードを形作った張本人であろう、この知性体をこう呼ぶことにした。はるか昔に忘れ去られた概念――即ち“神”、と」
「――“神”?」
「かみさま、と呼べば良い。それぐらいしか、適当な概念が見当たらなかった。――ものすごくシステマチックに、無機質に動く存在のようなんだ、彼の存在は。でも、そんなものが存在しているものか、と、誰も僕の言うことは聞いちゃくれなかった」
寂しさを混ぜて、エメレオは微笑む。
「――その分、研究に打ち込んでね。ソウルコードの本体である、高密度のエネルギー型情報記録体。そのほかの情報記録帯のことも、存在証明をついこないだ完全にやり遂げてやったんだ。情報社会をひっくり返すぐらいの大発明をね。そうしたら『余計なことしやがって』ってネガキャンかけられまくって、殺されかけたってわけ。今や僕は勝手に研究費を数百億横領して使いこみ、贈賄汚職薬物乱用、なんでもやった、真っ黒な疑惑だらけの稀代の大悪徳科学者ってわけさ。いや、正直、ゴシップ誌はもうちょっと分別があると思っていた。国家権力とメディアの偉い人に友人が一人もいなかったらアウトだったね」
μ(ミュウ)は唖然とした。この人物の呼気や蒸散する汗、頭髪からは、何の薬物反応もない。μのセンサーが正常作動していれば、の話だが。嘘八百もいいところだ。
「……“かみさま”は、それを見ていて何もしないんですか?」
「たぶん、ソレに人の情みたいなものはないんだと思うよ」
エメレオは唇をとがらせる。
「それにね、この世界にはある種の見えない『悪意』がある。僕はそれを理解したから、半分諦めている。――ああ、新理論を応用したシステムをついでに作ったから、護衛のお礼に君に乗せてあげるよ。この際、悪徳科学者を地で行くのも面白そうだ。アンドロイドを持ち出して、暴力でいたいけな民衆を恫喝するヤバイやつになってやろう」
「そもそも恫喝しないでください。まだ疑惑に収まっているんでしょう」
μがぼそりと指摘すると、エメレオは快闊に笑い声を上げた。
「――そら、お客さんがやってきたみたいだよ」
ん、とμは車内のルームミラーに目をやった。追跡車の正面に、小さな砲台が小窓から覗いている。本当に狙われているんだ、この科学者……と、少し失礼な感心をした。
(しかたない……仕事だ)
μはひとつ、気持ちを整えた。
「――サンルーフ、開けます。外に出ますよ」
「うん、よろしくね」
シートベルトを外し、開け放ったルーフの間からするりと伸び上がる。
向かい風に煽られ、ばたばたと、薄茶色の人工頭髪が視界の端で揺れた。不意に警告が頭を埋め、とっさに横にのけぞると、毛束をびゅっとかすめたものがある。
(銃弾……消音装置(サイレンサー)付きの小砲台を仕込んだ改造車なんて……こんな街中で物騒な)
二発目は動体視力で察知し、ばしっと手の中に納めた。
「どこからばれたんでしょう。施設の車にあなたが乗っているなんて情報、なかなか広まらない気がするんですが」
「どうせ道路監視システムだよ。あっちこっちに目がある」
エメレオの気楽な声が返す。たいした肝の据わり方だ。
ハッキング? ないし内通者、協力者があちこちにいるということか。ますます厄介、とμは半眼になった。
(――磁力妨害で弾道の攪乱を……だめか、働かない。比較的低温で溶け出す生分解性の樹脂弾、暗殺によく使われるやつだ)
でろりと手のひらに張り付いた樹脂弾を剥がして道路上に放り捨て、ふむ、と一考。
「――では、こちらでどうでしょう」
手をかざした先で、問題の後続車の前方ががくんとつり上げられたように『浮いた』。所詮は鉄製。バランスを崩した車は横転して遙か後方へ遠ざかっていく。
「やあ、磁力制御機能ってやつか」
「高速駆動の副産物ですけどね。――頭は出さないでください。まだ後援があります」
頭上にドローンの群れを見つけ、μはエメレオに引きこもりをオーダーする。
(数は――十五、か)
視界には十機。目視以外にセンシングが働いて、さらに五機、死角に熱源を探知。
他にはいないようだ。
科学者一人を殺すにはやたら豪華な配備だ、と思う。いや――、
(戦闘型アンドロイドの戦闘能力が未知数だから、か……)
「――その分、研究に打ち込んでね。ソウルコードの本体である、高密度のエネルギー型情報記録体。そのほかの情報記録帯のことも、存在証明をついこないだ完全にやり遂げてやったんだ。情報社会をひっくり返すぐらいの大発明をね。そうしたら『余計なことしやがって』ってネガキャンかけられまくって、殺されかけたってわけ。今や僕は勝手に研究費を数百億横領して使いこみ、贈賄汚職薬物乱用、なんでもやった、真っ黒な疑惑だらけの稀代の大悪徳科学者ってわけさ。いや、正直、ゴシップ誌はもうちょっと分別があると思っていた。国家権力とメディアの偉い人に友人が一人もいなかったらアウトだったね」
μ(ミュウ)は唖然とした。この人物の呼気や蒸散する汗、頭髪からは、何の薬物反応もない。μのセンサーが正常作動していれば、の話だが。嘘八百もいいところだ。
「……“かみさま”は、それを見ていて何もしないんですか?」
「たぶん、ソレに人の情みたいなものはないんだと思うよ」
エメレオは唇をとがらせる。
「それにね、この世界にはある種の見えない『悪意』がある。僕はそれを理解したから、半分諦めている。――ああ、新理論を応用したシステムをついでに作ったから、護衛のお礼に君に乗せてあげるよ。この際、悪徳科学者を地で行くのも面白そうだ。アンドロイドを持ち出して、暴力でいたいけな民衆を恫喝するヤバイやつになってやろう」
「そもそも恫喝しないでください。まだ疑惑に収まっているんでしょう」
μがぼそりと指摘すると、エメレオは快闊に笑い声を上げた。
「――そら、お客さんがやってきたみたいだよ」
ん、とμは車内のルームミラーに目をやった。追跡車の正面に、小さな砲台が小窓から覗いている。本当に狙われているんだ、この科学者……と、少し失礼な感心をした。
(しかたない……仕事だ)
μはひとつ、気持ちを整えた。
「――サンルーフ、開けます。外に出ますよ」
「うん、よろしくね」
シートベルトを外し、開け放ったルーフの間からするりと伸び上がる。
向かい風に煽られ、ばたばたと、薄茶色の人工頭髪が視界の端で揺れた。不意に警告が頭を埋め、とっさに横にのけぞると、毛束をびゅっとかすめたものがある。
(銃弾……消音装置(サイレンサー)付きの小砲台を仕込んだ改造車なんて……こんな街中で物騒な)
二発目は動体視力で察知し、ばしっと手の中に納めた。
「どこからばれたんでしょう。施設の車にあなたが乗っているなんて情報、なかなか広まらない気がするんですが」
「どうせ道路監視システムだよ。あっちこっちに目がある」
エメレオの気楽な声が返す。たいした肝の据わり方だ。
ハッキング? ないし内通者、協力者があちこちにいるということか。ますます厄介、とμは半眼になった。
(――磁力妨害で弾道の攪乱を……だめか、働かない。比較的低温で溶け出す生分解性の樹脂弾、暗殺によく使われるやつだ)
でろりと手のひらに張り付いた樹脂弾を剥がして道路上に放り捨て、ふむ、と一考。
「――では、こちらでどうでしょう」
手をかざした先で、問題の後続車の前方ががくんとつり上げられたように『浮いた』。所詮は鉄製。バランスを崩した車は横転して遙か後方へ遠ざかっていく。
「やあ、磁力制御機能ってやつか」
「高速駆動の副産物ですけどね。――頭は出さないでください。まだ後援があります」
頭上にドローンの群れを見つけ、μはエメレオに引きこもりをオーダーする。
(数は――十五、か)
視界には十機。目視以外にセンシングが働いて、さらに五機、死角に熱源を探知。
他にはいないようだ。
科学者一人を殺すにはやたら豪華な配備だ、と思う。いや――、
(戦闘型アンドロイドの戦闘能力が未知数だから、か……)