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精神学協会:ゴッドブレインサーバー掲載
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Vol.56:一章-10

 *
 
 
「ええい、早くせんか!」
「無茶を言わないでください、バレット博士。この混戦です、ステルス機能があるとはいえ、本土に向かうのは至難の業でして――!」
「つべこべ言わずに奴らを追え! ……リーデル! あの売女(ばいた)、ドリウスなぞに擦り寄りよって!」
 止める操縦士を飛行艇の中で殴りつけ、バレットは激していた。
「遇してやったのは私だぞ! 大して価値もない研究をしていたアレが、あの施設で禄(ろく)をはめたのは誰のおかげだったと思っている! それを――、シンカナウスに残ると我が侭で私に逆らうばかりか、生活を世話してやった恩を仇(あだ)で返しおって!」
 一刻も早くシンカナウスへ向かえ、とバレットは苛立ちと共に怒鳴った。
 ――エメレオ・ヴァーチンはエントには必要ない。生きていてもらっては、ウォルターの邪魔にしかならない男だ。だが、開発されたMOTHER自体の設計思想は美しかった。残しておけば、技術面でも大いにこちらで有効に活用できる。そう思い、MOTHERや戦闘型アンドロイドの支援力を削ぐように、あらゆる伝手を使って働きかけた。政府の要所や、軍に残してきた人間の弱みはいくらでもある。パイプは、まだ太いのだ。
(――だが、まさか陽電巨砲を持ち出すとは! せめてもの意趣返しのつもりか!? 小賢しい!)
 裏切るよう働きかけた軍部の知人の顔を思い浮かべ、怒りに歯を食いしばる。

 早くここを離れた方がいい、と、バレットの予感は最大限の警告を発していた。アレの設置場所や射程からすると、港町からここまでであれば砲撃は優に届く。中心部から外れれば外れるだけ影響が減衰するのだ、何も知らぬ揚陸艦の奴らには悪いが、体のよい的になってもらうしかない。シンカナウスの中へ一度逃げれば紛れ込めるだろう。
(ドリウスへ命令したのが誰だか知らぬが、私の後援とは異なる意向というわけだ)
 バレットは腹の中で呟いた。誰も彼もが度しがたい。シンカナウスの技術を知り尽くしている自分の進言を聞き入れていれば、MOTHERの破壊などというふざけた指令など出るはずもなかった。
(異国の技術者、敗北者と、どいつもこいつも馬鹿にしおる! 私の技術やアイデアがなければ、シンカナウスにこうして泡を吹かせることもできぬ低能どもが……!)
「――誰を敵に回したのか、思い知らせてやる」
 ぎりっ、と拳を握り、バレットは低く呟いた。
 ――せめて誰か、この状況に気づいて欲しい。そう願い、友軍の通信網に音声チャネルを解放している哀れな操縦士の行動には気づかないまま、バレットは状況の変化を察知した。
「! いかん、シンカナウス軍が撤退を始める! アレに置いていかれるな! 早く、早くしろぉっ!」
 絶叫に近いバレットの命令と暴行に、操縦士は痛みに呻きながら、速度を上げた。
 
 
 *
 
 
 予定時刻が近づいた。
 多数の機兵に苦戦を感じての退却姿勢と見せかけつつ、戦艦をさりげなく後方へ下がらせながら、μ(ミュウ)は内心眉を潜めた。
(……今の音声……ドリウス……あの傭兵がシンカナウスにまた向かっている……?)
 何のために……? 疑問を抱く傍ら、ざわざわと嫌なノイズが喉元をかき乱す。
 リーデル、という人名は、一体誰のものなのか。
 どこかで聞き覚えのある名前だ、とμはデータベースを捜索する。ウォルター・バレットと関わりのある人物ならば、施設(ホーム)の元職員だろうか?
(――あった)
 施設所属研究員名簿に該当一件あり。
 リーデル・セフィア。女性研究員。生物学博士。現在、警察へ家族から行方不明届が出ているため、職務を一時停止中。姉が同じ施設の研究員。
(……セフィア?)
 どこかで聞き覚えがある。何だったか、としばらく記憶を辿り、ああ、と思い出した。
(リーゼ。リーゼ・セフィア。姓が同じだ。彼女の妹なのか)
 いつも話しかけてくれる調整技師の彼女の妹が、なぜドリウスと一緒にいるような話に?
 ふと、データベースのテキストの最後にこっそりと、暗号化されているタグが付与されていることに気づいた。
(え、これ、MOTHERの暗号だ……)
 ――どうやら、中身はデータ参照用の索引番号らしい。データベースの名前はMOTHERがこっそり用意しているプライベートな領域にあるもののようだ。内密にあちこちのネットワークを当たって調査をしていたらしいことが伺える。
(『見られて困るものはありません。緊急時ですので、あとから何なりと通りますから大丈夫ですよ』)
 安心していいのか判断に苦しむ言葉はあったものの、μはMOTHERの演算支援のために、一時的にMOTHERと同等レベルのデータのアクセス権限を与えられている。だから、これも見ようと思えば見ることはできる。
 MOTHERをちらりと伺う。彼女は北面の戦闘支援にかかりきりで、こちらに対応する余力はさほど残されていないように見える。
 あの傭兵とは一戦交えただけだが、軽薄さと残虐さの裏には常に鋭い判断があった。それが何の理由もなく女連れとも思えない。彼女は何だ?
 逡巡のあと、μはデータベースにリクエストを送った。
 
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