一章 10:06:34:49.574
「ひどいな」
完全に焼け落ちた港街を目にして、生存者の救援にやってきた兵士が発したのはそんな一言だった。
瓦礫で埋まった道路を乗り越え、先行部隊にいた友の姿を見つけると、あちらもこちらの姿を見つけ、駆け寄ってきた。
急ごしらえの拠点のため、軍が重機で瓦礫をどけて作った空き地には、人々が助けを求めて集まってきていた。全員地べたに座り込んだり転がるなりして、見るからに憔悴しているのが見て取れた。着の身着のまま焼け出され、水も食糧もないまま、傷だらけで丸一日近くが経過している。全員埃にまみれているから感染症の危険もあるだろう。遠からず命も危うくなるに違いない。
そもそも負傷者の怪我の程度はどのくらいなのか。他に、要救助者はどこにどれだけいるのか。避難の経路はどうするか。どこから手をつければよいのか、被害の大きさに目眩がする思いだった。
だが、敵軍がここにやってくるまで、もうあと七十二時間もない。戦闘準備の方を優先させなければならない。だが――目の前の市民を見捨てる選択はできるだけ最後まで引き延ばしたい。それはここにいる者たちなら皆多かれ少なかれ同じ思いであった。
「負傷者の選別(トリアージ)はどこまで済んだ?」
「先行して出発した救援部隊が半分ほど終わらせている。ただ……」
隣にやってきた同僚が、口を濁し、次の瞬間、声を詰まらせた。
「黒と赤のバンドが、足りない」
トリアージ――負傷者の治療優先順位を決めるマーキング用の色は四種。うち、話にのぼった黒は死亡、または救命不可。赤は重傷、緊急の治療が必要ということを意味する。
「モニカが……亡くなった人の血で、赤いバンドを……」
「――……、」
話を聞きながら、同僚の背後に、すすり泣きながら赤く濡れたバンドを握っている女の兵士の姿を見つけた。ごめんなさい、ごめんなさい、と泣きながら、横たわる人々のそばに血で濡れそぼったバンドを置いていく彼女の姿に、想像を絶する凄惨な現場の状況に、絶句した。他人の血は下手をすれば感染症を招くほどの汚染物質だ。それを触れさせぬようということだろうが――、応急対応にしても、あまりにも乱暴にすぎる。
トリアージされたうち、死者と重傷者がほとんどを占める、ということだ。多くは当日のうちに事切れたと思われた。
市民たちの生命線は、あまりにか細い。
「黄色は――歩ける人たちはどこに?」
「避難車両に搭乗させ、ピストン輸送中だ。避難先に設けた臨時病棟で応急手当をし、その後緊急派遣された医療チームと共にさらに後ろへ下げる」
持ってきた物資だけではとてもじゃないが、応急手当もままならない、と小さな声が落ちた。
「それとは別に、治療部隊をひとつ、前線まで上げさせる。すぐに動かせない負傷者が多すぎるからな、小型テレポーター船の出動も要請してきた」
「転送認可システムが復旧したなら、戦闘が再開するまでには間に合うか。エントの揚陸船の侵攻度はどうだ?」
「こちらに向かっているが、アンドロイド部隊がマーキングしていたおかげで防空システムが妨害できている。まだ侵攻速度は鈍い。だが、市民を避難させられるかどうかは……黄色組は可能だが、赤組は正直危うい。八割程度がギリギリかもしれん」
ならば――次に上が下す判断は、ここで残り二割の市民を見捨てるか、守るために戦うか、だ。
今後の戦況にどれだけの戦力が必要かも分からない。無用な消耗戦は、避けるべきだが。胸のうちに何も答えを出せぬまま、兵士は海の方角へと目線を投げた。
「負傷者の選別(トリアージ)はどこまで済んだ?」
「先行して出発した救援部隊が半分ほど終わらせている。ただ……」
隣にやってきた同僚が、口を濁し、次の瞬間、声を詰まらせた。
「黒と赤のバンドが、足りない」
トリアージ――負傷者の治療優先順位を決めるマーキング用の色は四種。うち、話にのぼった黒は死亡、または救命不可。赤は重傷、緊急の治療が必要ということを意味する。
「モニカが……亡くなった人の血で、赤いバンドを……」
「――……、」
話を聞きながら、同僚の背後に、すすり泣きながら赤く濡れたバンドを握っている女の兵士の姿を見つけた。ごめんなさい、ごめんなさい、と泣きながら、横たわる人々のそばに血で濡れそぼったバンドを置いていく彼女の姿に、想像を絶する凄惨な現場の状況に、絶句した。他人の血は下手をすれば感染症を招くほどの汚染物質だ。それを触れさせぬようということだろうが――、応急対応にしても、あまりにも乱暴にすぎる。
トリアージされたうち、死者と重傷者がほとんどを占める、ということだ。多くは当日のうちに事切れたと思われた。
市民たちの生命線は、あまりにか細い。
「黄色は――歩ける人たちはどこに?」
「避難車両に搭乗させ、ピストン輸送中だ。避難先に設けた臨時病棟で応急手当をし、その後緊急派遣された医療チームと共にさらに後ろへ下げる」
持ってきた物資だけではとてもじゃないが、応急手当もままならない、と小さな声が落ちた。
「それとは別に、治療部隊をひとつ、前線まで上げさせる。すぐに動かせない負傷者が多すぎるからな、小型テレポーター船の出動も要請してきた」
「転送認可システムが復旧したなら、戦闘が再開するまでには間に合うか。エントの揚陸船の侵攻度はどうだ?」
「こちらに向かっているが、アンドロイド部隊がマーキングしていたおかげで防空システムが妨害できている。まだ侵攻速度は鈍い。だが、市民を避難させられるかどうかは……黄色組は可能だが、赤組は正直危うい。八割程度がギリギリかもしれん」
ならば――次に上が下す判断は、ここで残り二割の市民を見捨てるか、守るために戦うか、だ。
今後の戦況にどれだけの戦力が必要かも分からない。無用な消耗戦は、避けるべきだが。胸のうちに何も答えを出せぬまま、兵士は海の方角へと目線を投げた。