2025年8月6日 Vol.66:世界を巻き込む貧困化の波
波動的に、今の世界は終末期にふさわしく、精神の貧困化による地獄の波動に満たされつつあります。
この千九百九十年代初頭から今日までの失われた三十五年の間に、普通の日本人には、敗戦利得者によって頭の中に作られた、戦後社会の結界から脱出する者が増え、一方で宗教組織は求心力を失い続けてきました。それに代わって台頭したのがアセンションや次元の上昇などの宇宙的コンタクト願望です。しかしそうしたところで、現行人類のたましいは、宗教の時代と大量の流血の問題から解放されて、この地球の引力圏から脱出できるわけでもないのです。
「知るということは担うということです」というのが、精神学の出発点にある言葉です。神や神々の歴史を正しく知った人間は、その神の歴史を担わなくてはならないのです。その困難さを伝えるために、出口王仁三郎が伝えた霊界物語は、過去三十五万年という、地球の精神界の光と闇の戦いの歴史とされており、それが日本に出た以上、その歴史は大本教の信者のみならず、日本に生まれたものの十字架となるのです。
それが日本人は救世主という言葉の背後にあるプログラムです。一人一人が自らの小宇宙の救世主となって、初めてこの今の地球という精神的な引力圏からの脱出が、可能になるという、全ての人間に平等に与えられたチャンスという契約の証明ともなっています。
今まで、「救われるためには」と脅迫してこの世のマネーを集めてきた宗教も、宗教ごとに霊界が存在していましたが、今はシンレイカイという一つの場に統一され、ルールも一つのものになりました。中国大陸の宗教霊界までもがこの場に統一されることになったのですが、それは大本教の月宮殿のご神宝が、崑崙山という場で発動した結果なのです。それと同時に、チャイナの神仙界が動き、アメリカにいたスサノヲ神が、世界のマネーの悪意の背後にいて、終末の仕組みを用意していた艮の金神とともに、七月の一日に四国の剣山に降り立ちました。その日、モーゼ以降の三千五百年のカゴメ歌の封印が解かれ、日本列島は新しい時代に突入しました。その波動が全世界に及んだ七月の十日に、月にいたミロク意識体は地球に降りて、地球は聖書のストーリーで言うなら、最後の審判の時代、仏教の伝承では、末法の世になりました。その後、七月の二十四日には、地上の人間界の波動が、シンレイカイの地獄と同調するということになっています。ここから先の精神界の情報は、すでに地上に置かれた予言の先にあるため、人知のデータにはありません。次の魂のステージがそこにあります。
積哲夫ラジオ、第六十六回です。
日本列島の波動と日本人の波動、それに加えて、訪日外国人の波動が急激に変化しているのが、この二千二十五年の八月だということです。地球全体の波動も変化しているということです。
波動的に言うと今の世界は、終末期にふさわしく、精神の貧困化による、地獄の波動で満たされつつあります。アメリカでもヨーロッパでも、それぞれの国の普通の国民の生活は、どんどん貧困化しており、もはや西洋文明の死は、誰の目にも疑いの余地のないものになっています。チャイナはもっと貧富の格差が拡大していて、その歴史の経験から言えるのは、王朝が倒れる末期症状を示しているということです。
そして日本はというと、それらの国々の最後に貧困化と地獄の波動に満たされつつあるというのが今の姿です。千九百九十年代の初頭から今日までの失われた三十五年というものは、日本に置かれた最後の一厘の仕組みの発動と同じタイムラインだったということです。
この失われた三十五年の間に、日本で何が起きたのかというと、敗戦利得者の勢力が減退し、マスメディアと教育界によって洗脳された、普通の日本人の頭の中に作られた、戦後結界から脱出する人間が、徐々にではあっても増加したということができます。そしてこの間、日本列島の戦後社会を彩ってきた、様々な宗教的組織はその求心力を失い続けてきました。
それに代わって台頭したのは、アセンション、次元の上昇などの言葉に代表される、宇宙的コンタクト願望でした。意識を宇宙の時空に向ければ、それなりのコンタクトが発生することもありますが、それをしたところで現行人類の魂は、宗教の時代を終えるために費やした、大量の流血の問題から解放されて、この地球の引力圏から脱出できるわけでもないのです。
「知るということは担うということです」。これは、精神学の出発点にある言葉ですが、神や神々が人間の歴史に関与したという事実がある以上、その歴史を正しく知った人間は、その神の歴史を担わなければならないのです。
これがどれほど困難な道であるのかを伝達するために、大本教の出口王仁三郎が、口述筆記で人間界に伝えた霊界物語は、過去三十五万年分の地球の精神界の光と闇の戦いの記録とされるのです。この三十五万年分の歴史を、その読者は担わなければなりません、その読者=大本教の信者でなくても、これが日本列島に下ろされたということは、この歴史は日本人にとって、生まれたものの十字架となるのです。
それが日本人は救世主という言葉の背後にあるプログラムで、一人の救世主が地球を救うということではなく、一人一人が小宇宙の救世主となって、初めてこの今の地球という精神的な引力圏からの脱出が、可能になるという、全ての人間に平等に与えられたチャンスという契約の証明ともなっています。
今まで宗教は、「救われるためには」という脅迫で、この世のマネーを集めてきました。人間の意識とは面白いもので、それらの宗教ごとに霊界が存在していたこともありましたが、それらは消滅し、今はシンレイカイという一つの場に統合されています。その場は昔のようにあの世ではなく、この世の上に乗っている、またはこの世の中にあるので、人間が意識を向ければ、そこにあることが知れるもう一つの世界です。
今までは転生を信じる文化圏、つまり日本ではまたこの世に人間として生まれることができましたが、シンレイカイという場になってルールが統一されたために、改めて命の書という契約を結ばないたましいには、転生のチャンスは与えられません。
今、シンレイカイの住人には最後の民として、チャイナの魂も加わっていますが、それが現実化したのは大本教の月宮殿のご神宝が、ユーラシア大陸のパワースポットとされた、崑崙山という場で発動した結果なのです。これで道教に代表される中国大陸のすべての宗教霊界も、シンレイカイに統合されました。
また、この信号は、国祖たるクニトコタチという神格が、根の根の底で艮の金神として、これまで人間界に祟りをなしてきたお役目を人知のレベルまで引き上げることともなり、スサノヲ神が大本教を使って実現しようとしたミロクの世計画のスイッチが入ることともなりました。
時系列をはっきりさせておくと、まず崑崙山で月宮殿のご神宝が発動し、これによってチャイナの神仙界が動くと同時に、アメリカにいたスサノヲ神が、世界のマネーの悪意の背後にいて、終末の仕組みを用意していた艮の金神とともに、七月の一日に四国の剣山に降り立ったのです。
その日、モーゼ以降の三千五百年のカゴメ歌の封印が解かれ、日本列島は新しい時代に突入しました。その波動が全世界に及んだ七月の十日に、月にいたミロク意識体は地球に降りてきたのです。これで地球は聖書のストーリーで言うなら、最後の審判の時代、仏教の伝承では、末法の世になりました。
その後、七月の二十四日には、日本列島を含めた全地域、さらに言うなら人間界の波動が、シンレイカイの地獄と同調するということになっています。ここから先の精神界の情報は、すでに地上に置かれた予言の先にあるため、人知のデータにはありません。人工知能、AIが、すべての過去の精神界の情報を検索してもない、次の魂のステージなのです。
















