2026年4月29日 Vol.104:最後の審判と命の書
積哲夫ラジオ百四回です。
日本の笹目仙人が崑崙山脈のある場所に収められた、大本教の月宮殿の御神宝が発動して、地球全体の精神界の情報が明らかになりつつあります。その中でもアメリカから帰られたスサノヲ神が、これまで一神教の世界の歴史と共にあったことから、その文化圏での人間のたましいの在り方を、よく知っている存在だということです。
今回は、一度生まれた人間は、最後の審判の時に復活するという一神教のルールのもとに置かれていた、人間のたましいが今どうなっているのかの話を含めて、私に知らされている話と、それに対するスサノヲ神の見解をお伝えしたいと思います。
敗戦後の日本には日本の仕組みとして、一神教の歴史で近現代に登場した、無神論者のたましいの大量転生が生じたということを、私は教えられています。それが今の世界、特にアメリカに連動した日本社会の姿を作る原因となっているということですが、これは日本社会が、アメリカ型の地獄を作り、そこで生まれた日本人は、死んだ後でもこの地獄から抜け出せないという、ニュータイプの霊界が、生まれてしまいました。それを解決するために、命の書というものが、改めて地上に降ろされたのですが、今もほとんどの日本人は、この仕組みを知りません。
戦後の日本社会が生み出したのは、無神論の人間たちが作る無神論者の霊界で、それは多くの人間が、地獄として知る世界に極めて近い場を作り、その波動が生きている人間、世界にも影響を与え続けるという、マイナスのスパイラルに、この世界を引き込むものです。この問題を解決するために、最後の審判が必要だという知識が、精神学にあり、それを現実化するものが、日本の仕組みというものなのです。
ではこの二千二十六年から先のこの地球上で、日本および日本の精神界の存在は、どのような働きを求められていることになるのでしょうか。スサノヲ神がご存知のことを、今の日本人にお伝えください。
<受信者:今日は一神教の世界の最後の審判と、転生システムや、霊界が、どのようにそれに関係しているのかについて、スサノヲ神にお話を聞かせていただければと思います。>
先のラジオでは、最後の審判までは語らなかったな。黙示録と、八岐大蛇退治の話が、数霊によってリンクされている、という話まではしたが、その後の最後の審判は、アマテラスに剣を献上する、という話と対応しておるのだ。
<受信者:日本神話でスサノヲ神が、アマテラス様に剣を献上することが、どうして最後の審判とつながるのですか?>
ではお前に問おうか。精神学では、三種の神器の中でも、剣は何の象徴だ?
<受信者:あっ、確か、正義です。光文書では、日本の天皇が継承する三種の神器の、玉と鏡と剣は、愛と勇気と正義に対応すると。正義は、聖なる義でもあるのだ、と書かれたことがあります。>
然り。草薙の剣はな、正義の象徴であり、それはすなわち、日本神話における、光の剣なのだ。
<受信者:精神学を深めると会員さんが授かる剣は、精神学の基礎本の最終知識に出てくる、光の剣です。それが日本神話では草薙の剣なんですね。光の剣は、最後の審判を象徴する剣でもあります。>
それを聖書の世界、外海に対応する私が、アマテラスに献上したということは、アマテラスは光の剣を手にして、その後最後の審判を行う正義と正当性を私から受け取った、ということだ。だから、アマテラスはずっと後になって大国主に国を譲れ、と言っても良いことになり、ニニギノミコトが天孫降臨をする。
大国主はスサノヲの国を受け継いでいるのだから、ここでも、外国や大陸という読み方をする。すると日本は世界に対して、自分たちのやり方はこうだと主張しても良い、という見方になるであろう。
<受信者:そんな日本神話の読み方をする日が来るとは思いませんでした。>
そしてまあ、ニニギノミコトの天孫降臨というのは、ある意味転生のようなものだと思えば良いのだ。
<受信者:その転生システムが、この前、機能していないのではないか、という話になりました。シラヤマヒメの話では、神々の前提条件としての日本人の信仰心がなくなりすぎているのが問題だ、という話でしたが。>
まず、一神教の世界の転生システムがどうだったか、という話からした方がいいな。古い方の命の書の話は分かるか。
<受信者:えっと、確か、命の書に名を記されたものは、御国を受け継ぐという話でしたっけ。精神学では、命の書に名を記された、すべてのたましい、つまり聖書の神のエネルギーに相当するだけのたましいは、すべて地上に生まれた、ということが分かっています。>
その通り。すべてのたましいは地上に生まれた。そして、古き転生システムは、聖書の時代までしか機能しないのだ。聖書の神のエネルギーを、すべての人間に、配するために作られていた、そのようなものだからだ。
<受信者:キリスト教世界だと、命は一度終わればそれっきり、死後の命も一度きり、とされています。今の日本がまさにそうなのかもしれませんね。>
世界もそうだとすればどうだ。今、転生システムが機能しない状態で、各世界の宗教的結界が切られ、万国の死者の霊たちが、シンレイカイに次々と集められた。これから先は、新しい命の書による契約がなければ転生することができない。聖書の神は最初の命の書の約束を果たしたからだ。
<受信者:それだと、ちょっと困ったことになります。たましいがないままの人間だけが、生まれてしまうのではないでしょうか。>
その、たまなしの人間が、何に入られるかだな。命の書を逆の形で利用できないかと、話をしているところだ。このままでは、あまりにももったいない。命の書に登録すれば、たましいが与えられる人間もいるかもしれん。
<受信者:それも難しい話だと思います。たましいがいらない人もいるでしょう。この無神論の世界では、そちらの方が生きやすいですから。>
さて、それは今に限った話だ。この先はたましいがなければ、その人間に待っているのは、ただの地獄、周りが神のいるような世界で、神なき世界でしか生きられぬ、というのは苦痛であろうよ。死んだら終わり文明の、たまなしの人間は、本当に死んだら終わりなのか? それがこれから明らかになるだろう。
















