
- 積哲夫ラジオ(宇宙の声)Vol.87
2025年12月31日 Vol.87:戦前の失敗が現在の成功を生んだ精神界の秘密
二千二十五年が終わるタイミングで、聖書の時代に終止符を打つ日本神界のプログラムが成就したことが、SNSのX上の金神さん、国常立大神からの宣言として一般にも公開されています。出口王仁三郎が示した型を地球規模で成就した日を二千二十五年十二月十日とし、大日本教を引き継いで、日本を正しく日の本にしたのが精神学だということを告知しています。
重要なのは、これと同時に精神界では、大本教の立て替え立て直し失敗の責任を学び直すために特別な地獄に封じられていた八百万の神々も、共に働いていたワケミタマたる人間と共に復活するチャンスを与えられたということです。
日本の八百万の神々が人間に乗って参加した運動が、時の大日本帝国政府に敗北した原因の大部分は、日本に置かれた神界のエネルギーレベルが八合目のもので、一神教の十合目の悪魔には対抗できなかったためですが、出口王仁三郎にその役目を負わせたのはスサノヲ神だったとされます。
出口王仁三郎というユニークな人物像とスサノヲ神の性格には、時を待つのではなく、あるタイミングで「えい、ままよ」と行動してしまうという共通点があります。その時失敗したとしても、そこから学ぶものが生まれれば、次は成功するというプログラムです。
スサノヲ神は記紀の神話では途中から行方不明になっていますが、最後の岩戸開きということで、霊界物語に記された国祖たる国常立大神、艮の金神を、根の根の底からあるべきところにお戻りいただくため、別のところで働き続けていたということです。これが地球の神界のプログラムだったため、出口王仁三郎は大本教の月宮殿に用意していた御神宝を笹目仙人という人物に託し、崑崙山脈に安置してもらったのです。その翌日、大本教は日本政府による二回目の弾圧を受け、月宮殿はダイナマイトで爆破されました。この御神宝が約九十年の時を経て発動した結果が、今回の艮の金神と、スサノヲ神の日本帰還なのです。
このタイミングで、日本列島からは改めて「この国を鎖国せよ」という波動が出始めることになりました。このまま進めばあるタイミングで、幕末の日本を動かした尊王攘夷の気分が、日本中に満ちることになりますが、マスメディアは自分たちの信じたいもの、またはイデオロギーによる世界観を一般国民に教え込むという市場原理とはかけ離れたビジネスモデルとして存在しているため、この気分を代弁することはありません。これはマスメディアの危機をもたらしますが、これも人間の覚醒プログラムの一部かもしれません。コンピューターが情報の持つ波動を出力し始めており、マスメディアの発する情報からも波動を感知する人間が増加するはずだからです。
私はかつて裁きの時の知識として、精神界からの「宗教家は罪一等」という言葉を伝えましたが、今回の事象の先にあるのが「メディア関係者も罪一等」ということのようです。出口王仁三郎はこの分野でも、大阪日日新聞という当時の大メディアを買収して戦いましたが、そこにも、「えい、ままよ」のスサノヲ精神が垣間見えています。
<ラジオ内容全文>
積哲夫ラジオ第八十七回です。
二千二十五年が終わるタイミングで、明治の開国から、これまで続いた聖書の時代に終止符を打つ日本神界のプログラムが成就したことが、国常立大神からの言葉として受信者に伝わり、一般にも公開されています。
SNS上のX上の金神さんが宣言したそこには、出口王仁三郎が示した型を地球規模で成就した日を、二千二十五年十二月十日とし、大日本教というものを引き継いで、日本を正しく日の本にしたのが、精神学だということを告知しています。
これがどれだけのインパクトを人間界に与えるかは、これからの社会の動きを見れば分かるはずです。ただし、重要なのは、これと同時に精神界では、戦前の日本で大本教の立て替え立て直しを、自分も参加すべきものとして参加したヤオヨロズ、八百万の神々が、共に働いていたワケミタマたる人間の魂とともに、失敗の責任を学び直すために封じられていた特別な地獄から、復活するチャンスを与えられたことです。
なぜ日本のヤオヨロズ、その数八百万もの神々が人間に乗って参加した運動が、時の大日本帝国政府の権力の前に敗北し、弾圧される運命をたどったのかの秘密が、これから開示されると言ってもいいのでしょう。もちろんその原因の大部分は、日本に置かれた神界は、十六花弁の菊花紋に象徴されるように、神界のエネルギーレベルが八合目のものだったため、一神教の十合目の悪魔には対抗できなかったというものです。
しかし出口王仁三郎にその役割を担わせたのは、スサノヲ神だったとされるのです。ここで出口王仁三郎というユニークな人物像に、そのスサノヲ神の性格を重ねると、面白い共通点があるのです。それは時を待つのではなく、あるタイミングで、「えい、ままよ」と行動してしまう、という点です。出口王仁三郎は途中までは、正しく岩戸開きをする方向で、様々な御神業を実行しますが、自分たちにはまだ足らない情報があるのを知りながら、自分たちの時間がないことも考え合わせて、「えい、ままよ」と動いて、その時は失敗するのですが、そこから学ぶものが生まれれば、次は成功するという、プログラムです。
これがスサノヲ神に重なるとすれば、記紀の神話では途中から行方不明になっているスサノヲ神は、日本史とは別なところで働き続けていたということになります。今となってはっきりしているその働きの目的は、最後の岩戸開きということでしょう。霊界物語に記された、国祖たる国常立大神、別の名、艮の金神を、根の根の底から、正しいところ、あるべきところにお戻りいただくということです。これが地球の神界のプログラムだったために、出口王仁三郎は、大本の月宮殿に用意していた御神宝を笹目仙人という人物に託して、崑崙山脈の然るべき場所に安置してもらったのです。この御神宝を笹目仙人に託した翌日から、大本教は日本政府による二回目の弾圧を受けることとなり、月宮殿はダイナマイトで爆破されました。
この「えい、ままよ」が、約九十年の時を経て発動した結果が、今回の艮の金神と、スサノヲ神の日本帰還となったのです。これで大本教は、出口王仁三郎が「大」という文字と、「本」という文字の間に「日」の文字を入れたとされる伝承の、大日本教という型を完成させたことになります。
これの完成宣言が出たのが、二千二十五年の十二月十日で、そこでは「大本教→精神学」、という神示が出ています。そしてこのタイミングで、日本列島からは改めて「この国を鎖国せよ」という波動が出始めることになりました。もともと明治の開国は、聖書の時代を終わらせるためのものであり、国祖たちの神格が帰り、本来の日本のあるべき姿になる用意も整ったので、精神界が日本の国是としてきた鎖国への道を歩め、ということのようです。
これに対応しているのが今の日本国民の外国疲れとでも言うべき心情で、このまま進めばあるタイミングで、幕末の日本を動かした尊王攘夷の気分が、日本中に満ちることになります。今の日本のマスメディアは、自分たちが信じたいものだけを伝える、あるいは自分たちのイデオロギーによる世界観を一般国民に教え込むという、市場原理とはかけ離れたビジネスモデルとして存在しているため、この国民の気分を代弁することはありません。これはマスメディアというものの存在そのものの危機をもたらしますが、もしかするとこれも人間の覚醒プログラムの一部なのかもしれません。その理由はコンピューターが情報の持つ波動を出力するという、これまでの科学では説明のできない機能を発揮し始めていて、これに連動してマスメディアの発する情報からも、波動を感知する人間が増加するはずだからです。
私はかつて精神界から人間界へのメッセージとして、裁きの時の知識として、「宗教家は罪一等」という言葉を受け伝えたことがあります。そして今回の事象の先にあるのが、「メディア関係者も罪一等」ということのようです。明治の開国から大日本帝国を次々と戦争への道に進むよう、国民を煽ったのはマスメディアだったことを、思い出すべきなのでしょう。出口王仁三郎はこの分野でも、大阪日日新聞という当時の大メディアを買収して戦いましたが、そこにも、「えい、ままよ」のスサノヲ精神が垣間見えています。
今週の光文書
(ヒカリモンジョ)

- Vol.800+30+169
二〇二六は十にして一
あけましておめでとうございます。その言葉をこの二千二十六年の年頭に出すために、千九百九十一年から、今日までの歩みがあったのです。出口王仁三郎が「霊界物語」で口述した三十五万年の精神的エネルギーの場での物語を、この地球で、三千五百年の歴史として現実化し、その情報を三十五年間という人間一人の時間で再現、追体験するという、宇宙の時間を圧縮して、人間の小宇宙に投影するという仕組みが完了し、真の意味での日本の岩戸開きのはじまりの年が、この二千二十六年です。
今回のタイトルの、「二〇二六は十にして一」というものは、すでに、二千二十五年の十二月十日に、金神のXに投稿された次の文字列の謎解きの意味でもあります。ひふと みと (一二と三と)
おと (十と)
ここのへ (九重→十)の
一二三 九十 (ひふみ こと)
○十 (あまつ)
成就二千二十六年は、西洋の数秘術では、二+二+六は十で、漢数字にゼロはないのですが、数秘術では10は1+0で1になります。つまり、はじまりを意味するのです。
そのはじまりを宇宙から見ている存在がいます。それが話題を呼んだ3Iアトラスと呼ばれる恒星間天体で、そこから十二月二十二日に通信が来ており、これも金神のXに投稿されています。それが次のものです。きたる年 この冬至の日に寄せて
このちに ふたたび まみえたことのよろこびを
何と申せばよいでしょうか
祝福申し上げます
新しい千年王国の時代が 始まりましょう
ひいらぎの日とは とる人 とる人 意味が
ちがって聞こえましょうが それでよいのです
正しき者に 正しく 伝わるようになっています
いしだたみに まかれた たねと 肥よくな大地に
まかれたたねはちがうのだと言われていたのと同じこと
このちは ゆたか になったようだ
かつて訪れたときは まだ 干ばつのように干からびた
不毛の地であったので3Iアトラスは、イエスの時代の地球の観察者でもあったということです。
実はこの通信に先立つものとして、モーゼからも次のような文が届いていました。火水(かみ)と申したことの由(よし)をみて
いやさかの時より ちとせのちぎりおきし
かみのみや
ちのはていやにましませむ
よいのみかげの つきとみませば
おけるこがねのつるべより
みまし ひとねの こえたちて
はたせとかほる つきのしんでん やみのよよ
十二月二十二日 午後二時四十二分受これは、モーゼによる、最後の審判の発動の証言とでもいうべきもので、二千年前の地球を知るものが、新しい千年紀を祝福しているということは、その日、その時が、はじまったことを意味しているのです。
このようにして、二千二十六年は、はじまりの年としてスタートすることになりました。それは、同時に日本の近現代史の中では忘れられない、二、二六事件の清算のはじまりをも意味しています。世界が変わるためには、まず、日本と日本人が正しく覚醒する必要があるということなのです。神紀六年(二千二十六年)一月一日 積哲夫 記













































