2024年9月11日 Vol.19:死へと近づくキャピタリズム
この世界が終わりに近づいているということを、これまで精神界は警告し続けてきました。 精神的なエネルギーの場での出来事を、人間の意識上に上げる役割を担わされてきたものが、積哲夫が始めた光文書などのインターネット上の情報公開でした。この文字情報は読んだ人間だけでなく、精神界には波動として伝達されてきました。
精神学協会には宗教による洗脳や精神病といった、悪魔的なエネルギーに支配された人間存在に、光への導きをするノウハウは十分に蓄積されてきました。人間存在が発する精神的エネルギー、思いの力というものは、修行などなくても、他人を破壊するだけのパワーを秘めています。それを、暴力や恐怖で人間の意識を抑圧するシステムを歴史的に作り実践してきたものが、一神教に代表される宗教というものです。
その宗教の時代を終わらせる知識が日本で地上に降ろされた結果、生まれた書物が最終知識というもので、これによって精神界と人間界の関係は、神の問題を克服することが人間のテーマという知識が開示されました。この知識に至り、神意識体を自分の魂の元たるものとして認識するところから、全ては始まるということです。この知に至らぬ人間は、人生の問題を自分の欲求の達成のためにだけ考え、人生にテーマがあることに気づくことはありません。これがキャピタリズムが世界を支配した結果ですが、そのキャピタリズムの死が近づいているということに、それらの人間は無関心であり続けています。それもまた仕組みなのです。
ここでファティマ預言の話をすると、日本の秋田でもファティマと同じメッセージを受け取っていたシスター笹川は、この二千二十四年八月十五日にこの世を去りました。シスター笹川は二千十九年の十月に天使のメッセージを受信した後に、時が近いと感じた、という言葉を同僚のシスターMという方に伝えています。その翌年の二千二十年には精神学協会のメインコンテンツである、光文書というページの年号が、神紀元年と変更するようにとの指示が天から下っています。
これが普通の人間が知らないところで起きている、もう一つの世界の実態です。そのもう一つの世界では、闇の勢力は駆逐されつつあり、残りのほとんどのものが人間界に逃げ込んでいるために、彼らの勢力は拡大しているようにも思えますが、現実的には最後のあがきをこの世でしているということです。
積哲夫ラジオ、第十九回です。
この世界が終わりに近づいているということを、これまで精神界は警告し続けてきました。 それは自動的にそうなるのではなく、人間界の監査者としての神格、別な言い方をすると人間の魂の審判者としての目で、その終わりを見る役割の神々を、地上に配することが終わってから始まる、宇宙的なプログラムだったのです。
この精神界という人間界の上位に位置する、精神的なエネルギーの場での出来事を、人間の意識上に上げる役割を担わされてきたものが、積哲夫が始めた光文書などのインターネット上の情報公開でした。ほとんどの人間には関係のないことのように思われますが、この文字情報は読んだ人間だけでなく、精神界には波動として伝達されてきたのです。
精神学協会がこれまでの一般の宗教団体のような勧誘活動を一切してこなかったのは、人間の意識の蓋を外すのはその人間自身の自覚によらないと、危険なことが生じるという知識をあらかじめ教えられてきたからです。それをした多くのカルトでは、精神を病む信者というものを生み出しましたが、この洗脳を一般人が自力で解くことはほとんど不可能です。
それでもこれまでの歩みの中で、精神学協会にはそれらの悪魔的なエネルギーに支配された人間存在に、光への導きをするノウハウは十分に蓄積されてきました。この精神を正しい光の道筋に復帰させるノウハウがないものが、闇のエネルギーに支配された人間精神を元の位置にまで引き上げることは、ほとんど不可能です。さらに言うなら、そのために使う指導する側の浄化力は、途方もないものとなります。人間存在が発する精神的エネルギー、思いの力というものは、実は修行などしなくても、他人を破壊するだけのパワーを秘めています。
これらのエネルギーを普通の人間に発射させないようにするために、暴力や恐怖で人間の意識を抑圧するシステムを歴史的に作り実践してきたものが、一神教に代表される宗教というもので、その一神教から生じた共産主義というものも、同じ支配のシステムを用いているのです。これが過去二千年間の人間の精神的エネルギーの場の実態でした。当然この領域は人間の思いの周波数帯であり、もっと上層にある神や神々の精神的エネルギーの領域に到達できる人間はごく少数でした。その上位の存在、意識体へのコンタクトの方法として、人間は荒野に出て祈ったり、招霊の儀式をしたり、瞑想したりといういくつもの方法を編み出してきたのです。これが宗教の時代の人間界の文化でした。
その宗教の時代を終わらせる知識が日本で地上に降ろされた結果、生まれた書物が最終知識というもので、これによって精神界と人間界の関係は、神の問題を克服することが人間のテーマという知識が開示されました。ここで神は人間を救うものではなく、神は人間の魂の元たるものとして、人間のうちで神性を回復し、神の問題を、人間の体があるうちに問題を解決すべく活動する意識体、という位置づけに変わりました。神は人間と共に戦わなければならない運命を背負わされているのです。この知識に至り、神意識体を自分の魂の元たるものとして認識するところから、全ては始まるということです。この知に至らぬ人間は、人生の問題を自分の欲求の達成のためにだけ考え、人生にテーマがあることに気づくことはありません。
これがキャピタリズムが世界を支配した結果ですが、そのキャピタリズムの死が近づいているということに、それらの人間は無関心であり続けています。それもまた仕組みなのです。
ここでファティマの予言の話をします。日本の秋田でもファティマと同じメッセージを受け取っていたシスター笹川が、この二千二十四年八月十五日にこの世を去りました。ファティマの予言の中核にあるのは、このままだと人間世界は地獄に向かっていく、というものです。このシスター笹川は二千十九年の十月に天使のメッセージを受信した後に、時が近いと感じた、という言葉を同僚のシスターMという方に伝えています。この時が近いという言葉は二千十九年で、二千二十年には精神学協会のメインコンテンツである、光文書というページの年号が、神紀元年と変更するようにとの指示が天から下っています。時は至って、どこかの領域で、ファティマの予言は成就した結果の神紀元年だということです。これが普通の人間が知らないところで起きている、もう一つの世界の実態です。そのもう一つの世界では、闇の勢力は駆逐されつつあり、残りのほとんどのものが人間界に逃げ込んでいるために、彼らの勢力は拡大しているようにも思えますが、現実的には最後のあがきをこの世でしているということです。宗教が残した各種の予言、予告をこの世で現実化しようとした者たちがいて、歴史が作られてきたのも事実なのですが、今回、それらの闇の企みは見破られ、 破綻しつつあります。それが今、進行中の世界の危機の正体です。一神教の悪魔は約束通り、千年の間この世を支配しましたが、資本主義とともにその時代は終わろうとしています。