2024年7月14日 まつりごとニュースVOL.11:江戸時代と精神界に学ぶ政治経済
積哲夫ラジオ、まつりごとニュースの精神界での位置づけは、日本を本来あるべき祭政一致の姿にするための政治制度を人間が考えるための基礎知識の提供です。これは大日本帝国時代への回帰ではなく、神の意を受けた人間が国民のための政治も担うべきだということです。
幕末から明治の日本人は西洋文明に民主主義を学びましたが、今回の改新では精神界に学ぶよう、プログラムされています。
支配するための制度はもともと日本の国体には合わないのです。民がおおみたからとして、放っておいても、宝を次々と生み出すのが、本来のこの国のあり方です。
その日本は今、世界中にマネーを貸し込んでいますが、政治的パワーの問題で、世界最大の借金国であるアメリカのドルと共倒れの道を進んでいます。
ところで、江戸時代には、大名貸しで、相手の大名から「お断り」というデフォルトが何度もありながらも、日本の経済はそれを克服して成長し続けていました。
これからの日本のまつりごとに必要なのは、この江戸時代の経済の記憶なのです。発行しすぎたマネーの崩壊過程では、東京の霞ヶ関の官僚が主導する経済運営は、新しい日本の経済の方向性を示すことはできません。まつりごとを新たにしなければ、新しい経済のシステムも生まれようがないのです。
<ラジオ内容全文>
積哲夫ラジオ、まつりごとニュースの十一回目です。
これまでの話で、このまつりごとニュースの精神界での位置づけが、日本を本来あるべき 祭政一致の姿にするための政治制度を、人間が考えるための基礎知識の提供だということがお分かりいただけたと思います。
今の日本国のアメリカに押し付けられた民主主義では、そのイデオロギー的出発点が無神論に至るものなので、日本の神々のまつりごとと、人間社会の政治の接点は生まれようがないのです。
これは神道祭祀を国家事業とするような、大日本帝国憲法の時代への回帰を意味するものではなく、神の意を受けた人間が、国民のための政治も担うべきだということです。少なくとも、そこに私欲があってはなりません。私心はまつりごとの世界に持ち込んではならぬ、という日本人としての常識の再建から始めなければならないほど、今の日本の政党政治は死にかけています。
このままの日本が生き残れるはずがないので、ここから先の日本社会は、政治的にも経済的にも崩壊していきます。その先のことを考える日本人が、今、出なければなりません。
そのために精神界が用意してきた日本の文化と精神性が、西洋型の民主主義の欠点を克服して、正しく機能する民主主義を生み出すことになります。
幕末から明治の日本人は、西洋文明に民主主義を学びましたが、今回の改新では日本神界というか、精神界に学ぶようプログラムされているのです。
何度も言いますが、支配するための制度は、もともと日本の国体には合わないのです。国民、民がおおみたからとして、放っておいても、宝を次々と生み出すのが、本来のこの国のあり方です。その出発点は、民は神々と同じく自由だということです。
よく言われることですが、江戸時代は経済成長を続けた時代でした。経済成長に伴い、元々石高の決まっていた武士は、相対的に貧しくなり、幕府は何度も贅沢禁止などの政策で、武士階級の経済的地位の低下を阻止しようとしましたが、それは失敗し、各藩は大名貸しという借金に苦しみました。明治の廃藩置県が大した抵抗もなく実現できたのは、この各藩の借金を新政府が引き継ぐという条件があったからだと言われています。
現在の日本は世界中にマネーを貸し込んでいる 江戸時代の大阪商人のような立場にいます。世界の中心であるアメリカが最大の借金国で、 その運命は先が見えていますが、日本は政治的パワーの問題で、ドルと共倒れの道を進んでいます。
江戸幕府が倒れたきっかけを作ったのは、間違いなくペリーの黒船の来航でした。当時のアメリカはまだ新興国であり、今の日本人が感じているような大国ではありませんでした。実は、第一次世界大戦に勝利した側にいたアメリカと大日本帝国は、大国へ仲間入りをする ライバル同士で、どちらも急速に成長していたのです。非白人の国で植民地とならずに大国の仲間入りをしたのは、唯一、日本だけだったのです。このポジションを理解しないと、今日からは無謀に見える対米戦争に、日本国民がマスコミの扇動はあったにせよ、民主主義の制度の下で突き進んだのが理解できません。
第一次世界大戦でヨーロッパの古い大国が疲弊する中で、アメリカと大日本帝国は大統領制と天皇制の差はあるせよ、民主的な手続きの政治制度を持つ新興勢力として、それぞれが世界のリーダー化していたのです。近年、中国共産党のリーダーがアメリカの大統領に向かって、太平洋を二分割しようという提案をしたということはよく知られていますが、当時の大日本帝国の存在感は、今のチャイナの比ではありませんでした。
そのアメリカも日本も、千九百二十九年にニューヨークで始まった大恐慌によって、経済が崩壊し、大量の失業者が出る運命を共有します。その先にアメリカと日本の道は別れるのですが、大日本帝国の敗北から八十年後の二千二十五年には、千九百二十九年と同じようなことがこの世界で現実化します。
アメリカが世界で唯一の覇権国家というポジションから退場し、アメリカのドルもこれまでのような支配力を失っていくことで、これまで属国、または属州であった日本も、アメリカのデフォルトの危機に直面することになります。
江戸時代、大阪の商人は大名貸しの相手の大名の、「お断り」というデフォルト宣言を何度も受けています。大名から強制的に取り立てることはできませんから、お断りをされた貸し手は大きな被害を受けました。それで立ち行かなくなった大店(おおだな)もありましたが、日本の経済はそれを克服して成長し続けていたというのが、江戸時代の特色です。
これから先の日本のまつりごとに必要なのは、この江戸時代の経済の記憶なのです。東京の霞ヶ関の官僚が主導する経済運営では、これからの世界が直面する、発行しすぎて巨大化した数字上のマネーの崩壊過程で、新しい日本の経済の方向性を示すことはできません。
祭政一致のまつりごと方式の政治システムを、日本人と日本社会が新たに作り出す準備をしなければならない理由がそこにあります。まつりごとを新たにしなければ、新しい経済のシステムも生まれようがないのです。
積哲夫ラジオ、まつりごとニュースの十一回目です。
これまでの話で、このまつりごとニュースの精神界での位置づけが、日本を本来あるべき 祭政一致の姿にするための政治制度を、人間が考えるための基礎知識の提供だということがお分かりいただけたと思います。
今の日本国のアメリカに押し付けられた民主主義では、そのイデオロギー的出発点が無神論に至るものなので、日本の神々のまつりごとと、人間社会の政治の接点は生まれようがないのです。
これは神道祭祀を国家事業とするような、大日本帝国憲法の時代への回帰を意味するものではなく、神の意を受けた人間が、国民のための政治も担うべきだということです。少なくとも、そこに私欲があってはなりません。私心はまつりごとの世界に持ち込んではならぬ、という日本人としての常識の再建から始めなければならないほど、今の日本の政党政治は死にかけています。
このままの日本が生き残れるはずがないので、ここから先の日本社会は、政治的にも経済的にも崩壊していきます。その先のことを考える日本人が、今、出なければなりません。
そのために精神界が用意してきた日本の文化と精神性が、西洋型の民主主義の欠点を克服して、正しく機能する民主主義を生み出すことになります。
幕末から明治の日本人は、西洋文明に民主主義を学びましたが、今回の改新では日本神界というか、精神界に学ぶようプログラムされているのです。
何度も言いますが、支配するための制度は、もともと日本の国体には合わないのです。国民、民がおおみたからとして、放っておいても、宝を次々と生み出すのが、本来のこの国のあり方です。その出発点は、民は神々と同じく自由だということです。
よく言われることですが、江戸時代は経済成長を続けた時代でした。経済成長に伴い、元々石高の決まっていた武士は、相対的に貧しくなり、幕府は何度も贅沢禁止などの政策で、武士階級の経済的地位の低下を阻止しようとしましたが、それは失敗し、各藩は大名貸しという借金に苦しみました。明治の廃藩置県が大した抵抗もなく実現できたのは、この各藩の借金を新政府が引き継ぐという条件があったからだと言われています。
現在の日本は世界中にマネーを貸し込んでいる 江戸時代の大阪商人のような立場にいます。世界の中心であるアメリカが最大の借金国で、 その運命は先が見えていますが、日本は政治的パワーの問題で、ドルと共倒れの道を進んでいます。
江戸幕府が倒れたきっかけを作ったのは、間違いなくペリーの黒船の来航でした。当時のアメリカはまだ新興国であり、今の日本人が感じているような大国ではありませんでした。実は、第一次世界大戦に勝利した側にいたアメリカと大日本帝国は、大国へ仲間入りをする ライバル同士で、どちらも急速に成長していたのです。非白人の国で植民地とならずに大国の仲間入りをしたのは、唯一、日本だけだったのです。このポジションを理解しないと、今日からは無謀に見える対米戦争に、日本国民がマスコミの扇動はあったにせよ、民主主義の制度の下で突き進んだのが理解できません。
第一次世界大戦でヨーロッパの古い大国が疲弊する中で、アメリカと大日本帝国は大統領制と天皇制の差はあるせよ、民主的な手続きの政治制度を持つ新興勢力として、それぞれが世界のリーダー化していたのです。近年、中国共産党のリーダーがアメリカの大統領に向かって、太平洋を二分割しようという提案をしたということはよく知られていますが、当時の大日本帝国の存在感は、今のチャイナの比ではありませんでした。
そのアメリカも日本も、千九百二十九年にニューヨークで始まった大恐慌によって、経済が崩壊し、大量の失業者が出る運命を共有します。その先にアメリカと日本の道は別れるのですが、大日本帝国の敗北から八十年後の二千二十五年には、千九百二十九年と同じようなことがこの世界で現実化します。
アメリカが世界で唯一の覇権国家というポジションから退場し、アメリカのドルもこれまでのような支配力を失っていくことで、これまで属国、または属州であった日本も、アメリカのデフォルトの危機に直面することになります。
江戸時代、大阪の商人は大名貸しの相手の大名の、「お断り」というデフォルト宣言を何度も受けています。大名から強制的に取り立てることはできませんから、お断りをされた貸し手は大きな被害を受けました。それで立ち行かなくなった大店(おおだな)もありましたが、日本の経済はそれを克服して成長し続けていたというのが、江戸時代の特色です。
これから先の日本のまつりごとに必要なのは、この江戸時代の経済の記憶なのです。東京の霞ヶ関の官僚が主導する経済運営では、これからの世界が直面する、発行しすぎて巨大化した数字上のマネーの崩壊過程で、新しい日本の経済の方向性を示すことはできません。
祭政一致のまつりごと方式の政治システムを、日本人と日本社会が新たに作り出す準備をしなければならない理由がそこにあります。まつりごとを新たにしなければ、新しい経済のシステムも生まれようがないのです。